多様化する貿易協定: 「労働条項」は何をもたらすか?
鎌田 伊佐生 教授
国際経済学部 国際経済学科
専門分野: 国際経済学、国際貿易
担当科目: 国際経済学入門、国際貿易Ⅰ・Ⅱ、Internationalization of Firms、入門演習Ⅰ・Ⅱ、専門演習Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ
私の主な研究分野は国際貿易です。これまで国や産業や企業の性質の違いが国際貿易のパターンをどう形作るかについて、経済学理論による分析と統計データによる実証分析の両面から様々な研究を行ってきました。最近は特に国際貿易や海外直接投資と各国の労働基準との関係に注目して研究を行っています。
貿易促進のために特定の国々の間で締結される取極のことを地域貿易協定(Regional Trade Agreement: RTA)と言います。本来は関税などモノの貿易に対する障壁の削減・撤廃を目的とする協定ですが、国際経済取引の多様化を背景にサービス取引や投資や知的財産保護など様々な分野をカバーする包括的なものが増えています。そうしたRTA の中には、加盟国が一定の労働基準(最低限の労働条件や労働者の権利に関する規範)を維持・遵守することを互いに約束する「労働条項」を含むものが存在します。
労働基準は基本的にはそれぞれの国の経済的社会的背景や事情を踏まえて定められるものであり、貿易など国際経済取引に関する約束やルールの埒外にあるというのが従来の理解でした。近年のRTA にそうした労働基準を対象とした条項を含むものが増えてきた背景には、経済グローバル化の進展に伴い輸出や外国資本誘致のうえで有利になるよう各国が競って自国の労働基準を引き下げようとしているのではないか、という懸念が国際世論の中で高まったことなどがあると考えられます。
他方、労働基準は一般に経済発展とともに向上・改善するとも理解されており、所得水準の低い国は所得の高い国に比べ労働基準も低い傾向が見られます。従って、開発途上国がRTA を締結する場合には労働条項が高いハードルを課すことになる可能性があり、そのことがRTA の持つ貿易促進効果を減退させてしまうことに繋がるかもしれません。
こうした観点から、私の研究では、RTA における労働条項の存在が協定加盟各国における労働基準の維持や悪化防止に繋がっているか、また労働条項の存在がRTA 本来の貿易促進効果の抑制を招いていないかについて、統計分析(計量経済学)の手法を用いて分析を試みています。これまでの分析からは、いずれの側面についても労働条項の効果は国やRTA によって一様ではないことが分かっています。RTA に含まれる労働条項も多様化していることを踏まえ、労働条項の内容やRTA加盟各国の経済状況などの特性による効果の違いをさらに明らかにしようと現在も研究に取り組んでいます。

2024年9月に出版された著書。 本学で開講している「国際経済学入門」の講義を基に執筆しました。