ブックタイトル平成25年度公開講座記録集

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平成25年度公開講座記録集

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平成25年度公開講座記録集

第1回公開講座 マリラ ?Marilla?「パン工房マリラ」訪問記小谷 一明平成25年度の新潟県立大学公開講座では「新潟における食の風景」というタイトルのもとで、新潟における言わば「食の職人」を紹介し、その方の食へのこだわりとともに、その「こだわり」の背景や裾野を含めてお話し頂くことになった。特に近年、食べ物が作られて私たちの口に運ばれるまでの過程を見つめ直す動きが活発になっている。公開講座の第1 回目では、このテーマにぴったりのドイツパン職人「天然酵母の薪窯パン工房マリラ」の内山秋善さんに講演して頂くことになった。私はこの第1 回目の担当に手を挙げた。パンにはちょっとした「こだわり」を持っていたからである。まずは私自身のパンへのこだわりについて話したい。私がパンに興味を抱くようになったのは30年ほど前の大学時代、指導教授が奥多摩の山中へ引っ越し、自家菜園をやりながらパンを焼くようになった頃である。自家製パンを作るので食べにおいでと言われ、喜々として教授宅へ出かけていった。しかし、そこで出てきたパンは石のように堅く、容易にかみ砕けなかった。ただ堅くはあったものの美味しかったのである。その後、90年代初めに暮らしていた世田谷線沿いにドイツパンを売る店を友人から教わった。これがドイツパンとの初めての出会いである。フランスパンとはこうも違うのかとびっくりしたことを覚えている。食の世界の拡がりを感じ、大人になった気がした。90年代の終わりに信州に1 年いたが、その時に石窯パンと出会いちょっとしたパン好きになった。ブドウの葉の酵母、石窯、美味しい水といった言葉で形容されるパン。そのがっしりとして中身の詰まったパンを求め、安曇野のパン屋を車でめぐった。新潟で暮らすようになってからも毎年数回信州へパンを買いに出かけたが、2013年は一度も安曇野に行かなかった。それはマリラを知ってしまったからである。2013年の春、公開講座の会議中に、本学の青木先生から新潟には美味しいパン屋があるという話を聞いた。それが村上のマリラだった。会議の後、研究室に戻り2009年に出た『新潟のおいしいパン屋さん』(ジョイフルタウン)をめくってみると、マリラは一頁まるごとのスペースを使って紹介されていた。読んだときに訪れてみたいパン屋さんとして付箋を貼っていたことにもその時気づいた。優しそうな内山さんご夫妻の写真を見てぜひお会いしたいと思った。公開講座の打ち合わせのため、7 月に村上市の志田平(しだのひら)にあるマリラを初めて訪れた。お店の周りは水田と小さな集落があるばかり。近づくとマリラの小さな看板が目に入る。店のなかに入ると内山秋善さんと奥様が工房から出てきてくださり、すぐにパン作りについてご主人が説明を始めて下さった。話しぶりから職人のオーラが伝わってきた。私がパンにたいして持っていた「こだわり」などは木っ端微塵に吹き飛んでいった。まず目に付くのが薪窯である。ご夫妻に案内されて、室内から窯の中をみせてもらったが内部はさほど広くなかった。一日に作れるパンの量には限りがあるとわかった。近くの棚には焼き上がった大きなパンが並んでいた。パンの一つ一つに焼き上がった後の豊かな表情があり、なぜか親しみがわいてくる。次に酵母の入った容器をみせてもらった。蓋を開けると芳醇な甘酸っぱい香りがしてきた。ワインのような香りである。内山さんは「毎朝、酵母を見れば今日は元気だな、とか水が足りないなとわかるんです」とおっしゃっていた。ご夫妻の表情から、この酵母が子どものように愛情をもって育てられていることがわかる。ちょっとした外出もままならないわけだ。初めての訪問に際し、私はいくつかパンを注文しておいた。お土産まで頂いてしまったのだが、帰宅してライ麦パンから食べはじめた。四角く茶色い長方形のパンである。見た目以上にずっしりと重たかった。一口食べると天然酵母の香りが口の中でパッとひろがった。工房にあった酵母の香りである。そして口の中に残る芳醇な味。これも酵母のせいなのだろうか。驚いたことに味がなかなか消えなかった。まさに未知との遭遇である。次はパン・ド・カンパーニュと思っていたが、ライ麦パンの味に圧倒されてなかなか手が出ない。美味しそうなカンパーニュの表面を見つめながら、しばし味わいに酔いしれた。後日購入したレッドチェダーチーズ入りライ麦パンもそうであるが、記憶に残るパンは厄介だ。また食べたくなってしまう。体に刻みつけられる味わいなのだ。こういうパンと出会ったことがなかった。村上にこれほどのパン屋さんがあるということが、なぜかまだぴんと来ない。なぜこんなに近くに、という驚きが消えないのである。いずれにせよ近くにあるのだから、できるだけ取り寄せではなくお店へ足を伸ばすことにしたい。ご主人とお話ができ、奥様のにこやかな笑顔にふれられるのだから。そして若人がこの味にふれられるよう、時にはそっと研究室にこのパンを置きたいと思う。3 University of NIIGATA PREFECTURE